環境にやさしいデジタル広告配信を考える~アドテク業界のサステナビリティ~
2023年の夏(6月から8月)の平均気温は平年に比べて1.76度高く、1989年の統計開始以降最も高くなりました。東京都心は観測史上初めて8月の全ての日が最高気温30℃を超える真夏日となるなど、今年の暑さは異常だったと感じている人も多いでしょう。
年々暑さが厳しくなる理由の1つが、地球温暖化です。世界の念平均気温は100年で0.74 ℃上昇しており、特に1990年代半ば以降は高温となる年が増えています。原因となる温室効果ガスの排出量を減らすために国別、産業別に目標が掲げられ、脱炭素、温室効果ガス削減は重要な経営課題となっています。
ITは意外に環境負荷の高い産業
エリクソンのJens Malmodin氏らが2023年に発表した論文"ICT Sector Electricity Consumption and Greenhouse Gas Emissions – 2020 Outcome"によれば、IT産業が2020 年に排出した温室効果ガスの量は7億6千万トン、全世界の温室効果ガス排出量560億トンのうち1.4%を占めています。この数値には、動作に必要な電力と生産から廃棄までのライフサイクルの両方が含まれています。これは2020年の国別の温室効果ガス排出量のランキング10位のカナダよりも多くなっています。電気で動くITはクリーンなイメージがありますが、あらためて数字にすると意外に環境負荷が高い産業であることがわかります。
内訳は、スマートフォン、パソコン、屋内ネットワーク機器などのデバイスからの排出が半分を占めています。監視カメラやスマートメーターなどのIoT機器からの排出は7%とそれほど多くありません。ネットワークからの排出が24%、データセンターからの排出が17%、企業内のプライベートなネットワークからの排出が2%となっています。デバイスの排出する温室効果ガスのうち、動作電力の占める割合はほぼ半分ですが、IoT機器、ネットワーク、データセンターはほぼ8割を動作電力が占めています。
データセンター事業者とネットワーク事業者の節電への取り組み
ネットワークの高速化・大容量化により、業務システムやサービスのクラウドへの移行が進んだことで、データセンターにおけるエネルギー需要は増大しています。巨大データセンターを運営するGoogle、Amazon、Microsoftや、Apple、Facebookなどのサービス提供企業は、温室効果ガス削減目標を掲げ、パリ協定の2050年よりも前倒しでCO2排出量実質ゼロ化を目指しています。例えばAmazonは2040年までCO2排出量実質ゼロ化を公約する「気候変動対策に関する誓約」に調印しています。Googleは2030年までに使用するエネルギーを100%「カーボンフリー」とすることを宣言し、自社事業で使用する全ての電力を、風力、水力などの再生可能エネルギーで賄うことを目指しています。
また、ネットワークが消費するエネルギーも増えています。特に、モバイルネットワークの5G基地局は4G基地局の3倍のエネルギーを消費するといわれており、かつ4Gよりも高密度に基地局を配置する必要があります。ネットワークのキャパシティも増えているのでトラフィックあたりのコストは小さくなっているとはいえ、増え続けるトラフィックに対応するために電力需要も増えることになります。モバイル関連の業界団体であるGSMAは、2050年までにモバイル業界全体のCO2排出量実質ゼロの目標を設定しています。日本の通信事業者各社はこれよりも前倒しで、2030年には自社の事業活動における温室効果ガス排出量実質ゼロを目指して基地局やアンテナの省電力化や再生可能エネルギーの利用を進めています。
低炭素なデジタル広告を求める広告主
ここまではインターネットを支えるインフラ部分の話でしたが、インターネットの上を流れるコンテンツによる電力消費は増えつつあります。ざっくりいうと、インターネットのコンテンツが消費する電力は、データの量が増えるほど大きくなり、デバイス上で複雑な処理が必要なほど大きくなります。テキストと画像を比べれば画像の方が電力を消費し、画像と動画を比べれば動画の方が電力を消費します。リッチなコンテンツほど電力を消費するのです。
まだ日本ではあまり話題になっていませんが、インターネット広告業界でもサスティナビリティを重視し、なるべく温室効果ガス排出量が少なくなるように広告を出稿しようとする動きが出始めています。広告主から見ると、「環境にやさしい」広告活動をしていることが、ブランドイメージの向上にもつながるかもしれません。だからといって、「動画広告はやめてテキストに戻ろう」というわけにはいきませんから、いかに広告効果を下げずに、温室効果ガス排出量を下げるか、バランスが重要になります。
コンサルティング企業のfifty-fiveは、ブランドのデジタル広告キャンペーンが温室効果ガス排出量にどのような影響を与えるかについてレポートを公表しました。仮想上の香水ブランドの広告キャンペーンについて、キャンペーン全体の温室効果ガスの排出量を計算し、どのように排出量を減らせるかを検討しています。
動画広告の負荷をいかに減らすか
このレポートでは、広告キャンペーンの温室効果ガス排出元を「クリエイティブ制作」「広告配信(アドネットワークのアルゴリズム含む)」「ターゲティング」の3つに分けて考察しています。
クリエイティブ制作では、動画広告の撮り方によって温室効果ガス排出量に大きな差があることが明らかになりました。フランスから南アフリカに海外ロケに行った場合、200t以上の温室効果ガスが排出されます。うち、スタッフやタレント、機材の移動コストだけで8割以上を占めることになると試算されました。なるべく近い場所で撮影したり、過去の映像を再利用することで、温室効果ガスの排出を大幅に下げることができます。
動画は他のメディアに比べて広告配信時にも温室効果ガス排出量が多いメディアです。1000インプレッションあたり、ビデオ広告は1500gの温室効果ガスを排出します。対して、SNSのインフィード広告は400g、ディスプレイ(バナー)広告は30g、検索広告のスポンサーリンクは250gと推定されています。
動画広告自体のコンテンツを軽くすることで温室効果ガス排出量を減らせます。動画の解像度を1080pから720pに落とすことで、温室効果ガス排出量は30%削減できますし、15秒の動画を12秒に3秒縮めれば20%削減できます。
レポートでは、配信時の温室効果ガス削減に最も効果が高いのは、広告配信をWi-Fi接続時に限定することだとしています。モバイルネットワークはWi-Fiと比較して約6倍の温室効果ガスを排出するとされています。とはいえ、配信機会を限定することでリーチが狭まりますので、広告効果との見合いで検討する必要があります。
適切なターゲティングは温室効果ガス排出を減らす
広告配信時に適切なターゲティングを行うことによって、広告配信数を減らすことが可能になります。代わりにサーバー側で行うターゲティングのための計算で温室効果ガスを排出しますが、試算によればターゲティングのための計算で排出される温室効果ガスは、動画配信時の排出量の1%未満となります。ターゲット以外のインプレッションを減らすことでムダな広告費を節約するだけでなく温室効果ガスの排出も減らし、環境にも優しいのです。ターゲティングのためのデータ収集にもネットワークとサーバーリソースを使うので温室効果ガスは発生しますが、これも、動画広告配信に比べると環境負荷は小さいものです。
先に述べたような理由でデータセンターやネットワークは省電力化を進めています。必要なデータの蓄積や計算処理はサーバー側で実施し、きちんとターゲティングしてネットワークになるべく負荷をかけない広告を配信するのが環境にやさしい配信方法と言えそうです。「環境経営」が常識になりつつある今、そんな視点で広告活動を見直す企業は増えるかもしれませんね。
<参考文献>
Malmodin, Jens and Lövehagen, Nina and Bergmark, Pernilla and Lundén, Dag, ICT Sector Electricity Consumption and Greenhouse Gas Emissions – 2020 Outcome (April 20, 2023). Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=4424264
Emission Gap Report 2022(UN environment Programme)
https://www.unep.org/interactive/emissions-gap-report/2022/
Who Releases the Most Greenhouse Gases? (Council on Foreign Relations)
https://world101.cfr.org/global-era-issues/climate-change/who-releases-most-greenhouse-gases
Power consumption based on 5G communication. (IEEE Xplore)
https://ieeexplore.ieee.org/document/9587128
モバイル通信事業者のカーボンニュートラルに向けた取り組み (情報通信総合研究所)
https://www.icr.co.jp/newsletter/reyes20221114-ishimizu-html.html
The Carbon Footprint of media campaigns (fifty-five)
https://resources.fifty-five.com/carbon-footprint-stud