電子申告を進化させて、インボイス制度のメリットを見せて欲しい
2月、3月といえば皆さん何を思い浮かべますか?「受験」「卒業」「春休み」……いろいろありますが、忘れてはいけないのが納税のための「確定申告」です。「会社で年末調整するから、確定申告は関係ない」という給与所得者の方も、保険料などの控除証明書類と一緒に年末調整申告書を提出しているはずです。国民の義務である納税を正しく行うために、欠かせない手続きです。
■マイナポータル連携でかなり便利にはなったけれど
確定申告や年末調整で大変なことの1つが、控除証明書類を集めることです。国税局では、マイナンバーカードで利用する「マイナポータル連携」で控除証明書をワンストップで取得でき、e-tax(電子申告)を利用した確定申告書や年末調整申告書への転記もできる!と宣伝しています。2020年から始まったマイナポータル連携は徐々に範囲を広げており、2023年分の確定申告や年末調整では以下のような項目を申告書に自動入力できます。
(国税庁ホームページより)
とても便利そうに見えるのですが、一点、注意しなくてはいけないのが、証明書を取得するために事前の手続きが必要だということです。特に、医療費通知、年金、住宅ローン、給与所得の源泉徴収票以外は、事前に保険会社や証券会社などの証明書を発行する企業のサイトで証明書の電子発行を申請し、マイナポータルとの連携手続きをする必要があります。しかも、連携は直接ではなく、民間送達サービスというインターネット上の私書箱サービスを経由して行う必要があります。また、新規に連携して控除証明書の電子交付サービスを申し込む場合、証明書の発行には時間がかかるので、申告の直前ではなく余裕をもって行う必要があります。
この辺の手続きが多少面倒なのですが、一度手続きすれば翌年からは時期が来れば証明書をマイナポータルで取得できるようになるので、紙の控除証明書を保存して申告書に転記するよりは随分と楽になります。年末調整申告書をそのまま電子データで提出できる会社であれば、経理部の年末調整のシステムにもそのままデータが反映されますから、会社の年末調整業務も楽で、間違いが減り、メリットは大きいです。
一方で個人事業主や給与所得者でも副業収入がある場合は、控除証明だけでなく、所得を確定するための「収入」と「経費」の証跡が必要です。税務署に提出する必要はありませんが、収入を証明する書類としては自分が発行した請求書や客先からの支払調書、経費を証明する書類としては仕入れ時の請求書やさまざまな経費の領収書を集めて、税務調査があればいつでも提示できるように一定期間保存しておく必要があります。こうした証明書類については、マイナポータルとは切り離されているので自分で管理するしかありません。e-taxでも自分で集計した結果を確定申告書に入力する必要があります。毎月帳簿をきちんとつけて書類を整理しておけば確定申告の時期に大変な思いをすることはないはずなのですが、実際にはなかなかそうもいかず苦労している方も多いのではないでしょうか。
■韓国の「ホームタックス」は連携手続き不要で年末調整ができる
日本のマイナポータル+e-tax連携にあたる韓国の電子申告サービスが、「ホームタックス」です。韓国では1968年代から日本のマイナンバーにあたる住民登録番号制度が施行されており、携帯電話番号、医療費、クレジットカード利用履歴、出入力履歴などが全て紐づいています。住民登録番号が全国民に付与されるIDとして1990年代以降推進されてきた電子政府でも利用されており、今や数千種類の行政手続きがパソコンやスマートフォンからオンラインで完結できます。ホームタックスもその一つです。
韓国でも給与所得者については、年末調整で1年分の納税額を精算する仕組みがあります。このために提供されているのが「年末調整簡素化サービス」です。毎年1月に、ホームタックスが控除申告書を自動作成してくれるので、納税者はホームタックスにアクセスして内容を確認し、誤りがあれば期日までに修正します。会社は修正済みの控除申告書をダウンロードして、年末調整額を確認し、1月分の給与で調整します。
マイナポータル連携のように、あらかじめ自分で電子交付サービスを申し込んだり、連携の設定を行う必要はありません。病院や保険会社など控除証明を発行する組織は、住民登録番号をIDとした控除対象データを送信することが義務付けられているからです。個別に控除所得証明を発行するよりも送付の手間がかからないので、控除証明を発行する側にとってもメリットがあります。
■確定申告書の内容が国税庁から提示される世界
日本のマイナポータル連携では対象外になっている個人事業主の売上や経費についても、韓国のホームタックスは把握しています。というのも、日本では2023年10月に開始されたインボイス制度が韓国ではさらに進化しています。法人と年間売上1億ウォン(約1,100万円)以上の個人事業主には個人事業主番号を記載したデジタルインボイス(電子請求書)の発行が義務化されており、取引先に送るだけでなく、発行の翌日に国税庁に提出する必要があります。なおかつ、個人事業主番号は住民登録番号とひもづいています。つまり、国税庁では個人事業主が発行した請求書と受領した請求書を全て把握できることになります。
経費については、クレジットカードで精算した場合、与信機関からカード取引の記録が住民登録番号付きで国税庁にオンラインで提供されます。1999年以降、現金取引については、小売店に専用端末を置いて「現金領収書」を発行させ、端末経由で領収書の情報を国税庁にオンライン送付する仕組みを導入しました。この仕組みは主にB2Cの小売業の売上を捕捉しやすくするために整備されました。現金領収書の受領は強制ではありませんが、国税庁としてはなるべく利用してもらうことで売上捕捉率が上がります。なので、利用を促進するために、現金領収書の受領額に応じた税金の控除が導入されています。その結果、個人事業主の経費についても、ほぼ全額が国税庁で集計可能になっています。
クレジットカードでも現金でも、自分がいつ、どこで、何を買った、という情報が全部国税庁に筒抜けになってしまうのは嫌ではないかと思うのですが、「税金が安くなって確定申告も簡単になるのだから構わない」という意見が多いようです。
所得と経費と控除がわかっていれば、確定申告書も作成が可能です。売上規模が大きくない個人事業主や、副業がある給与所得者などには、国税庁から納付すべき税金の金額まで記載された「全て記載済み申告(還付)案内文」が送信されます。受け取った人は内容を確認して、ホームタックスで確定申告が完了できます。さらに、付加価値税(日本でいう消費税のような間接税)についても、国税庁に集約されたデジタルインボイスの情報をもとに事前記入済みの申告書が国税庁で作成され、確認してサインするだけで申告が完了するようになっています。
国民に一意に発行されたIDを利用した税金の「記入済み申告書」の提供は、スウェーデンやデンマークなどでも行われています。日本ではいま、インボイス制度の施行で、これまで免税事業者となっていたような個人事業主は新たな負担を強いられています。新制度を導入するなら「適格請求書の発行」や「消費税申告・納税」という面倒を増やすだけでなく、インボイスのデータを使って記入済み申告書を提供してくれるような、確定申告の手続きを簡単にするようなメリットを切望します。
<参考資料>
マイナポータル連携特設ページ
https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/mynumberinfo/mynapo.htm
令和5年分の確定申告はマイナンバーカードとe-Taxでさらに便利に!(国税庁)
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/shinkoku/r5_smart_shinkoku/index.htm
政府税制調査会海外調査報告(韓国)(内閣府 2027年)
https://www.cao.go.jp/zei-cho/gijiroku/zeicho/2017/29zen10kai9.pdf
納税環境整備の目指すもの - 韓国・ホームタックスからの示唆(東京財団政策研究所)
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=2865
5月総合所得税·個人地方所得税の申告·納付のご案内/韓国の税務情報(日本経営ウィル税理士法人)
https://nktax.or.jp/useful/business-management-owner-11981/
韓国におけるデジタルインボイス導入のこれまで(マネーフォワードFintech研究所ブログ)
https://moneyforward.com/mf_blog/20221021/%E9%9F%93%E5%9B%BD%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E3%83%87%E3%82%B8%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%82%A4%E3%82%B9/
韓国が「政府のIT化」で世界3位に…14位の日本に「大きく差をつけることができた」ワケ (現代ビジネス)
https://gendai.media/articles/-/100923?imp=0
韓国の税務行政と税制の概要(税大ジャーナル11 2009.6)
https://www.nta.go.jp/about/organization/ntc/kenkyu/backnumber/journal/11/pdf/11_08.pdf